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2023年のゆ祭りへ行ってまいりました







今年、数年ぶりのゆ祭りが開催されました。




19時20分頃、日根神社に到着。


まだ明るいです。

露店にはたくさんの人が!

若者たちは出店に夢中です。

道中は人や車、バイクなども多い為警備の方が整備してくださっています。





辺りが暗くなる頃、

やぐらの上で五社音頭保存会による

音頭が始まります。

生演奏、生唄にて、各町内の方々がお揃いの浴衣で踊る姿を沢山の方が見物されます。

小学生くらいのお子様、ご年配のご婦人、男の方も浴衣姿で踊られていて

思いっきり地元のお祭り感満載です。

いつまでも観ていられる・・・。


立地的にも、ほぼほぼ地元の民しか来ていないのではと思います。

今年はいつになく風が強く吹き、ちょうちんも揺れていました。

そのため、思ったよりも涼しく過ごせました。

じつは私、帯のところに布でくるんだ保冷剤を隠し持っておりましたが・・。




五社音頭について:泉佐野市立図書館 いずみさのなんでも百科より



日根神社例祭「まくら祭り」、ゆ祭り、宮座の宮送りで唄われる伊勢音頭系の民謡。かつては囃子の文句からヤレナイ節と呼ばれていましたが、1965(昭和40)年五社音頭と命名しました。このとき初めてゆ祭りに五社音頭が奉納されています。


ヤレナーエ メデタメデタワヨ(ヨイヤセ)

三つ重なりて(ハーヨーイセーソーリャセ)

ヤレ 末は鶴亀 ヨイナ ソーレワナ

五葉の松

(ヨーリャヤートコセーエーヨーイヤーナア)

どなたもな唄 てんか ソリャーヨーイートセ


文献によれば8世紀前期の養老年間に和泉五社の放生会があったということですから、その後和泉国を代表する五社(大鳥神社、穴師神社、聖神社、日根神社、積川神社)が、朝廷から社領を受けて五社の祭りをしていたようです。16世紀初頭の政基公旅引付にも祭りの様子が記されています。それが連綿と戦国時代までつづきましたが、1585(天正13)年秀吉が戦乱のなかで中断し、江戸時代にはふたたび復活することはありませんでした。


(出典:『泉佐野何でも百科』 泉佐野市役所 1994年 85ページ)




このような伝統的なお祭りを守り、

運営している方々には本当に感謝したいですね。

今年も安全に楽しませてくださり、ありがとうございます。



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